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「ねぇ、樋山君」 「ん、なんだい?」 クラスメイトの坂巻蓮はいつだってのほほんとしている。 そのマイペースさを嫌いなわけじゃないけれど、常春のように悩みがなさそうな所は気に入らない。 別に彼が羨ましいわけではなく、ただほんの少しだけ、あの春めかしさが無神経に感じられる時があるからだ。 「最近、凄く楽しそうだよね」 「…なんだい藪からぼうに、特に変わりはないと思うけど?」 「そうかなぁ?」 僕に思い当たる節はない。 「なんでそう思うんだい?」 「うぅーん…なんでだろうね?」 「さぁ…僕が聞いているんだけど、質問に質問を返すのは良くないな」 きっと彼の思い過ごし、または勘違いだろう。 僕はそう結論付ける。 すると突然ポンッと坂巻は手のひらに拳を打ちつけた。 解りやすい閃きのリアクション。 「そっか、鈴原先生が来てからだ!」 「……………は?」 意味が解らない。 最近の僕の様子と鈴原先生の赴任にどんな接点があるというのか… 一体彼はなにを言い出そうとしてるんだ? 「だってそうだよ。あの頃からじゃないか、君の嫌味のキレが復活したのってさ!」 酷い言われようだ。 けど憎めないキャラクターの彼の事、なにを言おうと大抵の事はゆるされてしまう。 本当にいい性分をしているよ。 確かに最近は嫌味を言う機会が少なかった事は認めるが、僕は断じて好きで嫌味を言ってるわけじゃない。 「…馬鹿な事言わないでくれよ、大体、鈴原先生は見るからに危なっかしいから僕はソレを指摘しているだけで、早く教師としての自覚を持って頂こうと助言してるだけさ」 僕は眼鏡のフレームを指で押し上げ、呆れた声で返した。 「そうかなぁ?」 納得いかないのか坂巻はやけに食い下がる。 「うーん…そうだ!だってほら、先生が来る前は受ける気無いって言ってたじゃない、夏休みの補講。なのに樋山君、突然参加するって言い出したよね?」 「………」 確かに僕は補講を受ける気はなかった。 だからと言ってそれイコール鈴原先生の存在があったから参加する事にした、というのは強引すぎじゃないか。 第一そんな馬鹿げた理由でこの僕が貴重な夏の予定を変更するわけないだろう。そんな風に思われるのは心外だ。 そう、僕はただ気が変わっただけであって…断じて…… って、なにを僕は必死に言い訳を並べ立てているんだ? 「そっかー、君も鈴原先生のファンなのかー」 「……は?」 ファン? 僕が鈴原先生のファンだって? 彼は勝手に納得してしまったようで、僕の返事を待たずに続けた。 「元気で一生懸命で可愛いもん、隠れファンもいっぱいいるらしいしねぇ」 ……まてまてまて。 「そういえば坂巻君、さっき『君も』って言ってたね…」 「うん、僕もファンなんだ、だから僕達ライバルだね」 なにがそんなに楽しいのか、彼は嬉しそうに微笑んでいる。 変だ、なにかが変だ… 「そ、そうだよ。まってくれ…そもそも僕は先生のファンなんかじゃない」 「えぇー?」 「あんな人のどこを僕が気に入るというんだ…いいかげんにしてくれ」 「でもさ、可愛いと思わない?」 確かに教師らしくはないが、一人の女性として見たら可愛いらしい人だと思う。 「頑張ってる姿とか見ると、つい構ってみたくなったりしない?」 そりゃ否定しない。 初日に先陣を切って構いに行ったのは僕だ、弁明の余地はない。 「樋山君は先生の声が聞こえたり、遠目に姿を捕らえた時なんかさ、自然と見詰めてたり、目が追ってたりしない?」 「………」 そんな事は無い…断じて無い…… 答えようとするけど、僕はそう断言できなかった。 「ほらね?」 彼の見透かした笑顔にムッとくる。 だが、無言は殆んどの場合において肯定になってしまうモノ。 つまり、なにか? 僕は鈴原先生を特別視しているという事なのか? 驚愕の新事実。 僕は軽い眩暈に襲われた… 「あら、どうしたの?」 柔らかく涼やかな声。 僕の心臓はドキンと跳ね上がった。 噂をすれば影とは言うが、こんな時に実戦してくれなくていい。 「あ、鈴原先生こんにちは!」 「こんにちは、坂巻君」 僕の横で立ち止まり、彼女は坂巻と挨拶を交わす。 僕はどうしても隣を見る事ができなかった。 まだ心の準備ができてない。 …いやまて、落ち着くんだ。 なんの準備が必要なものか! 「樋山君もこんにちは」 「…えぇ…こんにちは…」 僕はなかばパニックしながらも、意地を張って鈴原先生を一瞥し、そして直視が耐えられなくなり視線をそらす。 訳がわからない、つい数時間前までは普通に接していたじゃないか… 「あら、顔が赤いみたいだけど、どうかしたの?」 俯く僕を彼女は極自然に下から覗き込む。 その顔の近さを意識したとたん、再び鼓動がドクンと跳ねた。 「な、なんでもありません、ぼ、僕は用事が…失礼させて頂きます…では……」 カーっと顔に血か上るのが解り、僕は足早に歩きだす。 「あっ、…ちょっと大丈夫なの?…樋山君?」 「あははは、大丈夫ですよ先生」 「でも…風邪とかだったら大変じゃない…」 「違うから安心してよ、僕が保障します」 「そう?」 背後でそんな会話が交わされていたが、僕は無視して足を進めた。 彼女はそう見えなくても僕よりずっと年上で… 僕は彼女にとって一生徒にすぎなくて… でも、他の奴に人気もあるらしいし… いや、そんな事より本当に僕は… 坂巻のせいで、僕はこの後たっぷり三日間は葛藤する羽目に陥る。 言わせてもらうと、いつもの調子を取り戻すのに更に三日を要した。 【END】 |