【 アルバム 】




 あの夏の、二人だけの初めての家族旅行以来、気付くと夏の旅行は私達の恒例行事になっている。

 もちろん夏以外にも二人で旅行に行く事はあるけれど…

 だけど、夏の旅行は少しだけ特別なんだ。

「お兄ちゃん、今年はどこに行くの?」

「知りたいか?」

 今回はお兄ちゃんが全面的にプロデュースするって張り切ってたけど、そろそろ場所くらい教えてほしい。

「うん」

 お兄ちゃんは我が意を得たり、みたな満面の笑顔で「仕方ないなぁ」と続けた。

「じゃっじゃじゃーん」

 自分の声で効果音を演出しながら、どこに隠し持っていたのかパンフレットを掲げてみせる。

 私が聞く瞬間を待っていたかのような用意周到さだった。

 き、聞いて欲しかったんだね…うん。

「ニューカレドニア?」

「そう、ニューカレドニア。どうだぁーヒトミ、いい感じだろう!」

「うん、すっごく綺麗な所だね!」

 パンフレットには光り輝く南の楽園。

 雲ひとつ無い青い空は、どこまでも続いている。

 白く輝く砂浜からは、透き通った海が広がっていた。

 陸地には煌く緑。

 その島には、まばゆい光りが溢れている。

「ここはな、天国に一番近い島なんて言われてるらしいぞ」

「へぇー!」

 天国に一番近い島かぁ…

 どんな所なんだろう、すっごく楽しみだな。



 でも、でも今一番気になるのはソレじゃなくて…



「お兄ちゃん、えっと、ね…」

「うん、どうしたんだヒトミ?」

「あのね…ここでもやっぱりアレやるの?」

 恐る恐る、でもドキドキしながら聞いてみる。

「アレ?」

「うん、その…いつもの、ほら…」

「あぁアレか、もちろんだ。当たり前だろう!」

 そっか、今回もやっぱりやるんだ…

「ま、まさか嫌なのか!? 嫌なのかヒトミ?」

 お兄ちゃんのショックを隠しきれない表情を見て、私は慌てて否定する。

「嫌じゃない! 嫌って訳じゃないんだよ、…ちょ、ちょっと恥ずかしいなって…その」

「そ、そうか…嫌な訳じゃないんだな。よ、よかったぁ…」

「うん」

 ほっと微笑むお兄ちゃんに釣られて、私も微笑み返す。

 嫌な訳じゃないどころか、本当は嬉しい。

 でも素直に口に出しちゃうのは、やっぱり恥ずかしいよ。

 ごめんね、お兄ちゃん。

「だけどヒトミ、アレはちっとも恥ずかしい事じゃないぞ」

「う、うぅーん、でもやっぱり何度も何度もする事じゃ無いよね普通…」

 根本的にやる事自体が普通じゃないんだし…

 第一考え付かないと思うんだけどね、普通。うん。

「普通じゃなくたっていいじゃないか、…それともヒトミは普通じゃないのは嫌か? …やっぱり嫌なのか?」

 未だにお兄ちゃんは負い目を感じているのかな?

 ふとした拍子に瞳が哀しそうに揺れる事がある。

 今もそうだった…

 こんな時は少しだけ不安になる。

 二人で決めた事だもん、責任を一人で背負い込まなくていいんだよ?

「違うから! 違うからね、お兄ちゃん!!」

 そうじゃない、私は必至で首を振った。

 違うんだって解って欲しい。

 今更だよ、普通じゃないのが嫌だなんて思わない。

 思うわけないよ。

 最初っから解ってた事だもん。

 お兄ちゃんの手を一生離さない決めた時に、それが普通じゃないって事は解ってたし、ちゃんと覚悟したんだから…

「…ヒトミ」

 優しく呼ばれ、顔を上げる。同時に大きな手が頭に乗せられた。

 なぜかな?

 たったそれだけなのに、私の気持ちがちゃんと伝わったんだと思えた。

 そしてお兄ちゃんは「ありがとう」と呟く。

 その囁きは、凄く甘く響いた。





 お兄ちゃんの手が動き、頭や髪が撫でられる。

「ごめんなヒトミ、毎回付き合わせてしまって…」

「え?」

「アレはお兄ちゃんの我が侭だって分かってるんだ。でもな、凄く自己満足で悪いんだけど、やっぱり今年の旅行でも付き合って欲しいんだ…駄目か?」

 照れくさいのと頬の熱さを誤魔化すように、私はお兄ちゃんから視線を逸らす。

「…もう、駄目じゃないってば…その、う、嬉しい…よ」

 言い終わらない内に、ぎゅうっと抱きしめられる。

 お兄ちゃんの腕の中は、世界で一番安全で、どこよりも安心できる場所。

 だからお兄ちゃんにとっても、私の腕の中が幸せな場所であればいいな。

 安心して安らげる様な、そんな場所であれればいい…なんて思うよ。

 想いを込めて、そっとお兄ちゃんの背を抱き返す。

「ヒトミ」

「うん?」

「今年も最高のウェディングにしような!」

 二人っきりの秘密の結婚式。

 日本を離れ、私達を誰も知らない場所に行き、生涯を誓い合う。

 それが夏の旅行の恒例になっていた。

 そしてまた今年も…

「…また誰にも見せられない写真が増えるね」

「そうだな」

 毎年増える結婚式の写真。

 堂々と表に飾る事はできないけど、二人だけの秘密のアルバムにちゃんと保管してある。

 本当に誰にも見せられないけど…

 その分を補えるくらい幸せが詰め込まれた、私達の約束の記録。





 ほんとは知ってるんだからね。

 何度も式を挙げてくれる理由。

 お兄ちゃんの自己満足なんかじゃないって。

 全部、私の為を思ってしてくれてる事くらい、ちゃんと知ってるよ。





 私を誰よりも愛してしまったから…

 私に普通じゃない人生を選ばせてしまったから…

 その分、私を誰よりも幸せにしたいんだって事も、解ってるんだから。





 何度も式を挙げるのは、私に普通の結婚をさせてあげられないから、なんだよね。

 自分じゃない他の誰かのモノにはできなくて。

 でも結婚式くらいは挙げてやりたくて…

 だから二人っきりの秘密の結婚式を考えてくれた。





 初めての時、凄く驚いたけど、本当に嬉しかったよ。

 私には一生縁の無い事だって思ってたから。

 お兄ちゃんを選んだ時から、有り得ない事だって決め付けてたから…

 だから本当に嬉しかった。

 純白のウェディングドレス。

 小さくて可愛い岬のチャペル。

 永遠を誓うペアリング。

 本当に幸せで、一生の思い出になったんだ。

 大好きなお兄ちゃんとの結婚式。

 思い込みなんかじゃなく、私は世界で一番幸せな花嫁だった。





 でも翌年の初夏「お兄ちゃんは、まだ足りないと思う」とか言い出して…

 その時はナニゴトかと思ったよ。

 式自体は満足だったみたいだけど、お兄ちゃんの中では何かが足りなかったみたいで…

 まさかその時は、二度目、三度目、があるなんて考えてもいなかった。

 ほんと、お兄ちゃんの考えることって突拍子無いよね。

 でも、今は解ってるよ。

 私に最善を与えられないから言い出した事なんだって。





 誰からも祝福される事のない結婚。

 誰にも出席してもらえない挙式。





 だからこそ、その分お兄ちゃんは何度でも誓ってくれようと思ったんだ。

 足りないモノを補う為に…

 そんな精一杯の愛情を示されたら解っちゃうんだから。

 全部、全部、私の為だって…





 そんな事、お兄ちゃんは一切表に出さないけど…

「私はちゃんと解ってるんだからね!!」

 お兄ちゃんの腕の中で、私は小さく呟いた。

「ん?」

「なんでもないよーっだ」

 誤魔化すようにお兄ちゃんの胸に顔をうずめる。

『今年も最高のウェディングにしような!』

 っか、本当にお兄ちゃんらしい。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「天国に一番近い島なんだったらさ」

「…ニューカレドニア?」

「そう、…どこよりも早く届きそうだよね」

「うん?」

 なんの事か解らなかったのか、お兄ちゃんは私を覗き込む。

 ぴったりと抱き合っていた体勢を少しずらし、私達は近い位置で見詰め合った。

「神様に」

「………」

「私の願いが、さ」

 天国に一番近いんなら、どこよりも早く届くんじゃないかな?

「願い?」

 お兄ちゃんは私の願いの方が気になったみたいで「お願い事があるんなら、お兄ちゃんが何でも聞いてやるぞ? 遠慮せずに言ってみろ」と続けた。

 いや、違くって…

 そっちの話しじゃないんだけどな。

 私は返答に少し困ってしまう。

 笑って誤魔化してもよかったけど、お兄ちゃんは誤魔化されてくれそうにない。

 凄く真剣な眼差しで私の返答を待っている。

 うんでもいいや…

 言っちゃおう!

「お願いって言うかね、誓い、かな…」

「…誓い?」

「その…お兄ちゃんを誰よりも大切にします、っていう私のちか…っっ!」

 言葉は最後まで言えなかった。

 別に途中で恥ずかしくなって止めたからじゃなくて…

 もちろん恥ずかしい事を言ってる自覚は有ったけど…

 その、攫われたというか、奪われたというか。

「…ヒトミ、……ヒトミ……っ」

 私を抱きしめるお兄ちゃんの腕の力が強くなる。

 少し息が苦しい位に…

 でも、力を緩めて欲しいとは思わなかった。

「…っ…ぁ…お兄ちゃ…ん、……ふぅ…く………ハッ…んっ」

 大好きだよ、って言いたかったけど今は無理みたい。

 息が上がってて、ちゃんと言葉を紡げなかった。





 また今年も、アルバムに刻もうね。

 二人だけの秘密の写真。

 積み重ねられる永遠の約束を…







― 了 ―








幸せな秘密シリーズ第一弾のアルバムはいかがでしたか?
ラブラブを目指してみたんですが、挫折ぎみ…とほほ。

この前後の話しも有るので、気が向いたらお付き合い下さいませv
○ロポーズ編とか初○編とか…色々(待て!いいのかソレ?)


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